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カメライター林がハマる「つくらない芸術」

初めまして。カメラマン兼ライターの林です。
僕の初ブログは、日本の美術運動「もの派」の紹介と、それを通じた「物事」との向き合い方、日常での活かし方を綴ってみたいと思います。
普段、何も意識せずに生活していると見落としがちなことの中に、生きていく上で大事な要素があるのではないか。そう感じるようになったきっかけがこの「もの派」。この「ニュートラルな感覚」を大事にして日々の生活、仕事と向き合っています。
読んでいる途中、もしくは文頭からもの派?侘び?「あ、コイツ面倒くさい奴だ」と感じてくるはずです。大正解です。そうなんです。面倒クサい奴なんです。
まあ、ちょっと時間つぶしに読んでみてくださいw。

「もの派」とは

1960~70年代にかけて、木や石、鉄や紙などといった「自然物」や「産業用品」に、ほとんど手を加えずにありのまま扱い、その本質を「物」として違う角度から再認識させるという表現方法です。日本の戦後美術から現代美術に至るまで、多大な影響を与えた運動に対して付けられた「名称」です。

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「もの派」から学ぶ

「つくる」ということは、新しいモノやコトをつくり出すということ。人類が生きる上で欠かせない、いわば“文明”です。それに対し「もの派」とは、極端にいえば「つくらない」こと。代表作品としては、1968年に関根伸夫が、公園の大地に円柱形の穴を堀、その土を用いて同形の円柱を立てた「位相ー大地」や、同年、李禹煥が床にガラスを置き、そこに石を落とした「関係項」があります。あくまで個人的な意見ですが、どちらの作品にも共通しているのは、普段意識をして見ることの無い「モノ」に対して意識を向けさせるということ。僕はこれらの作品から、普段から当たり前にそこにあり、見落としているモノやコトに対して意識を持つことで、ニュートラルな感覚に回帰し、未知なる表現への足がかりになるということを示していると感じました。

もの派2

「もの派」と時代

今でこそ「もの派」は認知・理解されるようになりましたが、当時は厳しい意見が多く、作家の構想を命題とする西欧からは、ほとんど手を加えない芸術は理解されませんでした。そもそも「手を加えない表現」は日本人が持つ枯淡的な感覚で、「侘び」の精神に通じる概念です。理解されないのは当然だったといえます。
もの派は70年代に失速しましたが、1986年にパリのポンピドゥー・センターで開催された「前衛芸術の日本」展で取り上げられ、改めて評価されました。そして、現在でも世界中のアーティストに影響を与えています。

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まとめ

私たちが生きていく上で「モノ」や「コト」は欠かせないベクトルです。それは方向も大きさも異なり、いつ出会うのかもわかりません。常にフラットな目線で物事を判断し、取り入れること。それが「もの派」や「侘び」から学ぶべき精神なのかなと思います。
僕は「もの派」を初めて知ったとき、鼻血が出そうでした。モノをつくることに対して、全く異なる角度からアプローチをした日本人の感覚に感服でした。この精神は、モノづくりに限ったことではなく、僕を例にすると、カメライターとしての仕事にも大切なことだと思います。自分の主観を表に出すことよりも、ニュートラルな感覚をもって被写体に接する。そうすることで、物事の本質、その魅力を伝えていけるのではと思っています。
自分の想像を超える瞬間が興奮をもたらすように、見方を変えるだけで、新しい可能性や興奮が生まれるかもしれません。当たり前のことなどないはずだから。

今回は、書いている内容とは裏腹に、主観丸出しなものになってしまいましたが、次回は「ニュートラル」を心掛け、小走りめの速度で書きたいと思いますー。